「世界三大宗教」重要ポイント83 三笠書房
を読んで興味深い部分を列挙する
■キリスト教
p44
キリスト教の説く「神を愛し、隣人を愛せよ」の本当の意味は「すべての人間を愛しなさい」ではなく、「隣にいる自分と同じ教えを信仰しているキリスト教徒を愛しなさい」と限定している。
神への信仰を契約化したキリスト教の本質は基本的に、(キリスト教の)神の命に従い一心に信仰する者だけを救い、それ以外は救わない。
p93<キリスト教の柱となる教え>
人類の祖先である アダムがエデンの園を与えられた時点では、死というものは存在していなかった。今日でこそ、「人間は死が訪れた後に天国という場所に向かう」というイメージが一般に定着しているが、旧約聖書によると、人間はもともと楽園を神から与えられ、命の終わりがない生活をしていたというのだ。キリスト教とイスラム教が説く唯一絶対神の愛や慈悲が、仏教のそれと大きく違う原因はここにある。つまり、唯一絶対神の愛や慈悲は、人間が困難から救いを求めるから与えるというものではなく、人間が創造された当初から既に与えられていたというわけである。
神は、エヴァを創造するにあたって、アダムの時のように土からつくらず、アダムの体の一部(肋骨)を使った。つまりエヴァはアダムから誕生したわけである。この男性から女性が生まれたという考え方は、キリスト教とイスラム教の大きな特徴となっているが、たとえば、預言者はすべて男性であり、イスラム教の教えを説くウラマー(イスラム教の神学者)やキリスト教の司祭も男性に限られている。また、イスラム教もキリスト教も女性より男性を尊重する傾向が強いのは「アダムからエヴァが生まれた」とう教えが影響していると指摘する人もいる。
アダムとエヴァが神の命令に背いて善悪を知る木の実を食べて、人類最初の罪を犯したことを、「原罪」という。エヴァは蛇にそそのかされ最初に実を食べたので、神から罰として出産を科せられた。そしてアダムとエヴァに死が与えられ、楽園を追放された。アダムとエヴァの子孫であるすべての人類は「生まれながらにして罪を背負い、その罪から逃れられない」という独特の宗教観を作り上げた。神との関係を再び結ぶためには、神から預言者を通して示された教えを疑うことなく、正しく実践することで、人間は再び楽園で永遠に生きることが許されると教えている。
マリアが処女のまま聖霊によって身ごもったとされていることには大きな意味がある。イエスの真の父は「神」であり、イエスは、アダムとエヴァに始まる罪を負っていない特別な存在(神の子)だったということになるのだ。
神の子であるイエス・キリストが人間として生まれ、彼が十字架を背負って死んだことで、すべての人間の原罪は赦されたのである。
P190旧約聖書のメジャーな物語 「天地創造」
1日目→神が光と闇を作り出し、光を「昼」、闇を「夜」と呼び世界で初めて「一日」という時が過ぎた
2日目→「水」をつくり、その水から「大空」を想像して、「天」と呼んだ
3日目→天の下の水から「陸(地上)」をつくり出し、草や果樹を茂らせた
4日目→光のもととなる「太陽」と「月」、「星々」を想像
5日目→水の中に生き物を、大空に翼のある鳥をつくる
6日目→地の生きる家畜と這うもの(蛇など)と野獣を創造
人間(アダムとエヴァ)も アダムとエヴァが楽園を追放(原罪)
・蛇にそそのかされ知恵の実を食べた
・エヴァには子どもを産む苦しみと人間に死が与えられる
アダムとエヴァの子
兄カイン(土を耕すもの)
弟アベル(羊飼うもの)
神にカインが農作物、アベルが羊を捧げると、神はアベルの羊だけに目をとめる。カインが怒り、後にアベルを殺す。やがて神がカインにアベルの所在を尋ねるとカインは知らないと嘘をつく。神が激昂し、カインはエデンの東に追放される。
「バベルの塔」
天まで届く塔をつくろうとした人間の高慢さを感じた神が、人間の言語を複雑に変え、お互いが何を言っているかわからないようにして、人間を世界中に離散させた
P230聖人の名前を名づけるのがポピュラー
カトリックや東方教会においては、イエスの十二使徒をはじめ人並み以上に信仰に優れた信徒や殉教者、教皇によって列聖(聖人の位に列すること)された人を「聖人」として崇める。これはプロテスタントにはないものだが、唯一例外なのが氏名。世界中のキリスト教徒は、子供が生まれると、旧約聖書と新約聖書の中に登場する預言者や聖人の名前をとって、わが子に名づけているという。
アイザック…旧約聖書三大族長の一人のイサクから。<アイザック・ニュートン>
ジョン(john)…新約聖書十二使徒ヨハネ、これをスコットランドのケルト語で発音するとショーンとなる。<ショーン・コネリー>
デイヴィット(David)…旧約聖書イスラエル王ダビデから
英米マーク、独マルクス(Maic,Marcus)…新約聖書「マルコによる福音書」の著者マルコ
ルーカス(Lucas)…「ルカによる福音書」の著者ルカ
ポール(Paul)…パウロから
伊ピエトロ、独ペトロ、露ピョートル、英ピーター…ペテロ(Petros)
英米マイケル、ミッシェル、独ミハエル…大天使ミカエル
P259米国裁判とキリスト教の罪への考え方
「人間を裁けるのは神だけであり、真の裁きは神に任せておけばよい」とし、裁判は人間を裁くのではなく、社会の秩序を保つものと考えている。「わたしたちが犯罪者を放置しても、その人間がほんとうに悪人ならば神が罰し、その罰から人間は決して逃れることはできない。すべての人間は最後の審判が訪れたときに真の裁きを受けるのだから」
2010年1月14日木曜日
2010年1月13日水曜日
【用語】粗利と営業利益、経常利益
会計のことって忘れ気味なので、備忘録で記載。
http://homepage3.nifty.com/domex/business/yogo_arari.htm
http://homepage3.nifty.com/domex/business/yogo_eigyo.htm
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売上総利益とは(粗利、荒利益、粗利率、売上原価)
売上総利益とは売上高-売上原価の計算式で求められる。P/L(損益計算書)で一番最初に現われる利益の名前である。
正式な名称は「売上総利益」だが、商売の世界ではそんなかしこまった呼び名は使わない。日常的には、粗利(アラリ、ソリ、粗利益、荒利)と呼ぶ。その方が、ゼニの音が聞こえそうだろう。その粗利とは、文字通り大雑把な利益のことだ。つまり「売上-売上原価」だから、最終的な正味の利益(P/Lで言う当期利益)ではない。
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■売上原価との関係で粗利の意味を理解しよう
粗利を理解するにはまずもって売上原価を理解しないといけない。所が「売上原価とは何か」、というとこれが結構難しい。キチンと答えられるビジネスマンは意外と少ない。仕入原価でも、製造原価でもないのだ・・・
例えば、70円の菓子を10個仕入て、100円で8個売ったら、売上800となる。その時の売上原価はと言うと、700ではない。8個分の8×70=560円となる。2個は売れ残ったから原価(費用)に入れないで期末在庫という資産になる(損益計算から除かれる)。つまり売上原価とは「売れた分に対応した原価」なのだ。
繰越在庫がある場合では、売上原価=期首在庫+当期仕入-期末在庫 となるこの計算式から分かるように、期末在庫をどう評価するかによって粗利は変化する。例えば事実に反して過大に評価すると粗利は増える。過少に評価すると粗利は減る。前者は業績をよくしようする粉飾決算の手口であり、後者は脱税目的の手口である。
■粗利とは、商売の大元の利益のこと
話を粗利に戻そう。粗利とは、商売の大元の利益と言う意味になる。あるいは商品売買益、商品がもたらす利益とも言える。商品1単位当たりの粗利は「売価-仕入」で簡単だ。これは商売ではとても重要だ(蛇足ながら商品売買業なら管理会計の限界利益に相当する。製造業では粗利≠限界利益である)。
ついでに言うと、粗利が赤字になることは無い。先の例で、どんなに販売不振で1個しか売れなくても、100-70で必ず黒字だ。つまり粗利が赤字になるのは原価割れで売るときだ。売れなかったものは損益計算(P/L)から除外されて、費用にならない。在庫、すなわち資産としてB/Sに残るのだ。
ビジネスの会話で「この粗利いくら?」とか「この事業の粗利率は?」なんて気軽に使ってみたい。そのほうが通らしくてイイ。というわけで「売上総利益」は教科書や決算書でのみしか使われないさびしい言葉なのです・・・・
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■粗利率とは
P/Lの粗利の下には販管費、営業外費用・・・などいろんな費用がある。だから粗利はまずもって大きい方がよい。通常、売上が増える(増収)と粗利も増える。売上よりも売上原価が増えると粗利は減る。だから金額の絶対値よりも効率、粗利率(売上総利益率=売上総利益÷売上高)が重視される。これは売上原価率の反対側だ(足せば100%だから)。
あなたの会社の粗利率はどの位か知ってますか?。業界や業種ごとの粗利率の違いを見ると面白い。一般にモノを扱う会社は粗利率は低いものだ。あのトヨタですら20数%程度(売上が17兆円とでかい・・・日本一・・・、だから粗利率がその程度でも最終利益は1兆円を超す)。 暗闇から這い上がりつつあるゼネコンでは一桁台の会社もある。100円ショップで上場しているキャンドゥ(ダイソーは非上場なので不明)は意外や意外34%だ。
しかし世の中には優良・ビックリの会社がいるものだ。花王はなんと50%だ(洗剤なんか安売りだろうは間違い。同社のコストダウン力と新製品開発力はすごい 04/3期)。国際的なところではインテルも軽く50%を超す(独占だもん。04/4-6期は60%だとか。ちなみにR&D比率は15%、営業利益率は25%、当期利益率は20%前後だ)。
セブンイレブンの粗利率はどのくらいか知っていますか?77%(04/2月期)だ。もちろん本部の話し。末端は小売業なのだが本部は小売ではなく情報サービス業に近い。お店から受け取るロイヤリティーや経営指導料が主だから売上原価が少ないために異様に高い値になる。ついでに営業利益率は35%と超高収益だ。末端のお店の粗利率はと言うと平均30%くらい。
医薬品業界の粗利率も高い(失礼ながら、昔から薬九層倍といわれているよね)。清涼飲料業界も高い。コーラ(ボトラー)などは42%、伊藤園は50%、キリンビバレッジは57%・・・。一般に、粗利率が高い企業は製品の差別化による高価格政策を取れる企業(製品力で優れる)か、規制により保護されているか、流通における独占的な強みがある、あるいは流通コストがやたらと重荷になる企業に多い。
業界構造として販管費比率が高いケースも多い。販売・流通コスト、研究開発費がやたらとかかるから、価格政策に躊躇して高い粗利が確保されるのだろう(でもこのパターンは崩れつつある)。 さて、高粗利率企業の例を書いたけれども、粗利率は異業種での比較には使わない。事業の基本構造が違うからだ。同業者間での比較で意味がある。 ところで、ヨノナカニハモットスゴイ会社がある。あの中村さんの特許紛争の会社、日亜化学工業はナナント、経常利益率が53%(売上1800億、経常利益948億円 H15/12、粗利率は不明)・・・いいナー
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http://homepage3.nifty.com/domex/business/yogo_arari.htm
http://homepage3.nifty.com/domex/business/yogo_eigyo.htm
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売上総利益とは(粗利、荒利益、粗利率、売上原価)
売上総利益とは売上高-売上原価の計算式で求められる。P/L(損益計算書)で一番最初に現われる利益の名前である。
正式な名称は「売上総利益」だが、商売の世界ではそんなかしこまった呼び名は使わない。日常的には、粗利(アラリ、ソリ、粗利益、荒利)と呼ぶ。その方が、ゼニの音が聞こえそうだろう。その粗利とは、文字通り大雑把な利益のことだ。つまり「売上-売上原価」だから、最終的な正味の利益(P/Lで言う当期利益)ではない。
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■売上原価との関係で粗利の意味を理解しよう
粗利を理解するにはまずもって売上原価を理解しないといけない。所が「売上原価とは何か」、というとこれが結構難しい。キチンと答えられるビジネスマンは意外と少ない。仕入原価でも、製造原価でもないのだ・・・
例えば、70円の菓子を10個仕入て、100円で8個売ったら、売上800となる。その時の売上原価はと言うと、700ではない。8個分の8×70=560円となる。2個は売れ残ったから原価(費用)に入れないで期末在庫という資産になる(損益計算から除かれる)。つまり売上原価とは「売れた分に対応した原価」なのだ。
繰越在庫がある場合では、売上原価=期首在庫+当期仕入-期末在庫 となるこの計算式から分かるように、期末在庫をどう評価するかによって粗利は変化する。例えば事実に反して過大に評価すると粗利は増える。過少に評価すると粗利は減る。前者は業績をよくしようする粉飾決算の手口であり、後者は脱税目的の手口である。
■粗利とは、商売の大元の利益のこと
話を粗利に戻そう。粗利とは、商売の大元の利益と言う意味になる。あるいは商品売買益、商品がもたらす利益とも言える。商品1単位当たりの粗利は「売価-仕入」で簡単だ。これは商売ではとても重要だ(蛇足ながら商品売買業なら管理会計の限界利益に相当する。製造業では粗利≠限界利益である)。
ついでに言うと、粗利が赤字になることは無い。先の例で、どんなに販売不振で1個しか売れなくても、100-70で必ず黒字だ。つまり粗利が赤字になるのは原価割れで売るときだ。売れなかったものは損益計算(P/L)から除外されて、費用にならない。在庫、すなわち資産としてB/Sに残るのだ。
ビジネスの会話で「この粗利いくら?」とか「この事業の粗利率は?」なんて気軽に使ってみたい。そのほうが通らしくてイイ。というわけで「売上総利益」は教科書や決算書でのみしか使われないさびしい言葉なのです・・・・
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■粗利率とは
P/Lの粗利の下には販管費、営業外費用・・・などいろんな費用がある。だから粗利はまずもって大きい方がよい。通常、売上が増える(増収)と粗利も増える。売上よりも売上原価が増えると粗利は減る。だから金額の絶対値よりも効率、粗利率(売上総利益率=売上総利益÷売上高)が重視される。これは売上原価率の反対側だ(足せば100%だから)。
あなたの会社の粗利率はどの位か知ってますか?。業界や業種ごとの粗利率の違いを見ると面白い。一般にモノを扱う会社は粗利率は低いものだ。あのトヨタですら20数%程度(売上が17兆円とでかい・・・日本一・・・、だから粗利率がその程度でも最終利益は1兆円を超す)。 暗闇から這い上がりつつあるゼネコンでは一桁台の会社もある。100円ショップで上場しているキャンドゥ(ダイソーは非上場なので不明)は意外や意外34%だ。
しかし世の中には優良・ビックリの会社がいるものだ。花王はなんと50%だ(洗剤なんか安売りだろうは間違い。同社のコストダウン力と新製品開発力はすごい 04/3期)。国際的なところではインテルも軽く50%を超す(独占だもん。04/4-6期は60%だとか。ちなみにR&D比率は15%、営業利益率は25%、当期利益率は20%前後だ)。
セブンイレブンの粗利率はどのくらいか知っていますか?77%(04/2月期)だ。もちろん本部の話し。末端は小売業なのだが本部は小売ではなく情報サービス業に近い。お店から受け取るロイヤリティーや経営指導料が主だから売上原価が少ないために異様に高い値になる。ついでに営業利益率は35%と超高収益だ。末端のお店の粗利率はと言うと平均30%くらい。
医薬品業界の粗利率も高い(失礼ながら、昔から薬九層倍といわれているよね)。清涼飲料業界も高い。コーラ(ボトラー)などは42%、伊藤園は50%、キリンビバレッジは57%・・・。一般に、粗利率が高い企業は製品の差別化による高価格政策を取れる企業(製品力で優れる)か、規制により保護されているか、流通における独占的な強みがある、あるいは流通コストがやたらと重荷になる企業に多い。
業界構造として販管費比率が高いケースも多い。販売・流通コスト、研究開発費がやたらとかかるから、価格政策に躊躇して高い粗利が確保されるのだろう(でもこのパターンは崩れつつある)。 さて、高粗利率企業の例を書いたけれども、粗利率は異業種での比較には使わない。事業の基本構造が違うからだ。同業者間での比較で意味がある。 ところで、ヨノナカニハモットスゴイ会社がある。あの中村さんの特許紛争の会社、日亜化学工業はナナント、経常利益率が53%(売上1800億、経常利益948億円 H15/12、粗利率は不明)・・・いいナー
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営業利益とは
P/L(損益計算書)で最初に現われる利益項目は売上総利益(粗利)である。その粗利は商品がもたらす利益なのだが、何もしないで商品が売れるわけではない。販売努力をしたからであり、その販売を支える内部のいろいろな管理活動もある。と言うわけで、それらを含めて「販売費及び一般管理費」と呼ぶ。でも長すぎるので販管費と略する。一口に販管費と言っても中身は実に雑多だ。それについてはここでは省略して次に進もう。
販管費の下に現われる利益が営業利益である。営業利益=売上総利益-販管費よく使う言葉だが『営業利益って何?』と問うと粗利と同じで、うまく答えられない人が多い。『営業で得た利益』では意味不明だ。ここはズバリ「本業で稼いだ利益」、「本業の利益」と覚えよう。
本業って? メーカーなら作って売るが本業。商売なら仕入れて売るが本業と言うわけだ。ふつう好況期は黒字だからあまり気にしないが、不況時はこの営業利益が注目される。なにしろ本業の利益が赤字だとヤバイよね。
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経常利益とは
さて、本業という区分で線を引いたのだから、そこから下は非本業の部というわけだ。とりわけ金融の稼ぎ(受取利息や配当金)や金融の費用(支払利息など)は普通の会社にとっては非本業である。それらをP/Lでは営業外損益の部と呼んでいる。その下に、ようやく経常利益が現われる。経常利益=営業利益+営業外収益-営業外費用
『経常利益って何?』・・・これも当たり前のように使われている言葉だけれど、難しい質問だ。まともに答えられる人はほとんどいない。 例えば、・算出式で応えるのが精一杯・・・普通はこれが多いけれど、単なる式では意味を説明できていない。・毎期発生するであろう会社の経常的な利益・・・説明文に「経常」が入っていてはダメだよね。でもいい線だ。 そもそも「経常」の意味が分からないと説明できないはずだ。辞書で引くと「常に一定の状態で続くこと。繰り返すこと」などがある。この『繰り返す』がミソだ。つまり、「P/Lの一番上の売上高~ここの経常利益までの段階(プロセス)は毎期繰り返して発生している事業活動」と言うわけだ。 (毎期とは決算期間のこと、一年でも半年でもかまわない) 当たり前だけれど、売上は毎期繰り返す。販管費の中も毎期似たように発生する。金融活動だって、企業では受取もあれば支払もある。と言うわけで・・・ 経常利益とは『毎期繰り返す事業活動の結果の利益』という意味だ。新聞などで増益、減益と言うばあいはこの経常利益を指す。そのくらいP/Lで一番注目される存在だ。長い間、日本企業は経常利益主義と呼ぶくらいにこの利益項目にこだわってきた。
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特別損益とは
何となく分かってもらえただろうか。難しい言い回しだから少し腑に落ちないかもしれない。しかしその下を見ると、改めて理解できるだろう。営業利益で本業と非本業を区分したように・・・毎期繰り返すと言ったのは、裏返すと企業活動の中には繰り返さないものもあるからだ。「非経常」とは表現しないけれど、臨時的・例外的な取引があるのだ。資産売買による益がでた損がでた、災害による損失、リストラ費用などその他臨時的なもの(ちなみに不動産会社の土地のように販売用資産の売買損益は本業に入れる)。これらは毎年決まって発生するわけではない。大企業は資産が多いから毎年いろいろと発生するが、本業ではないし例外的なものだ。
一般に特別利益よりも損失計上の方が多い。その特別損失のことを特損と呼ぶ。2000年前後の負の清算を迫られていた頃は、不良債権や不良資産の処分で数百~数千億円規模の特損計上を余儀なくされた大企業が続出した。
こうした臨時的なものを経常利益の前に含めてしまっては、損益の質が読み取れなくなるし、前年度との比較もしにくい。だから特別損益の部として外され、経常利益を境にして、毎期繰り返すものと繰り返さないものに分けたというわけだ。
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当期利益(=当期純利益、税引き後利益、最終利益)とは
続いて、税引前利益=経常利益+特別利益-特別損失 となる。なお、連結決算のP/Lでは「税金等調整前当期利益」と呼ばれる。当期利益=税引前利益-法人税、住民税及び事業税+法人税等調整額 となる。法人税等調整額は税効果会計のルールで生じる調整項目である。
商法では当期利益、金融商品取引法では当期純利益と呼ぶ。いっそ同じくすればと思うが、それでいて、たんに純利益とか税引後利益とも俗称されている。マスコミ記事では最終利益(最終損益)と表現されることもある。会計用語ではない通俗的な表現であり分かりやすいからだろう。 とにかく、いろいろな利益の中の最後の利益項目である。これぞ期間の最終利益なのだ。「最後の手取り」、「結局いくら儲かったんだ」という意味だ。
日本は経常利益を重んじる習慣があると述べたが、アメリカ企業ではこの当期利益を重視する。それは、この値が株主資本を増やす源泉になるからだ(ステークホルダー参照)。今日有名なROE(自己資本利益率)の計算には当期利益を使う。 ところがそう簡単でない場合がある。特別損益の額が大きいと当期利益が影響を受ける。一時的な特別利益や損失の額を排除して評価したいときは、経常利益×60%を「修正当期利益」とする方法もある。税金が40%位という仮定だ。
P/L(損益計算書)で最初に現われる利益項目は売上総利益(粗利)である。その粗利は商品がもたらす利益なのだが、何もしないで商品が売れるわけではない。販売努力をしたからであり、その販売を支える内部のいろいろな管理活動もある。と言うわけで、それらを含めて「販売費及び一般管理費」と呼ぶ。でも長すぎるので販管費と略する。一口に販管費と言っても中身は実に雑多だ。それについてはここでは省略して次に進もう。
販管費の下に現われる利益が営業利益である。営業利益=売上総利益-販管費よく使う言葉だが『営業利益って何?』と問うと粗利と同じで、うまく答えられない人が多い。『営業で得た利益』では意味不明だ。ここはズバリ「本業で稼いだ利益」、「本業の利益」と覚えよう。
本業って? メーカーなら作って売るが本業。商売なら仕入れて売るが本業と言うわけだ。ふつう好況期は黒字だからあまり気にしないが、不況時はこの営業利益が注目される。なにしろ本業の利益が赤字だとヤバイよね。
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経常利益とは
さて、本業という区分で線を引いたのだから、そこから下は非本業の部というわけだ。とりわけ金融の稼ぎ(受取利息や配当金)や金融の費用(支払利息など)は普通の会社にとっては非本業である。それらをP/Lでは営業外損益の部と呼んでいる。その下に、ようやく経常利益が現われる。経常利益=営業利益+営業外収益-営業外費用
『経常利益って何?』・・・これも当たり前のように使われている言葉だけれど、難しい質問だ。まともに答えられる人はほとんどいない。 例えば、・算出式で応えるのが精一杯・・・普通はこれが多いけれど、単なる式では意味を説明できていない。・毎期発生するであろう会社の経常的な利益・・・説明文に「経常」が入っていてはダメだよね。でもいい線だ。 そもそも「経常」の意味が分からないと説明できないはずだ。辞書で引くと「常に一定の状態で続くこと。繰り返すこと」などがある。この『繰り返す』がミソだ。つまり、「P/Lの一番上の売上高~ここの経常利益までの段階(プロセス)は毎期繰り返して発生している事業活動」と言うわけだ。 (毎期とは決算期間のこと、一年でも半年でもかまわない) 当たり前だけれど、売上は毎期繰り返す。販管費の中も毎期似たように発生する。金融活動だって、企業では受取もあれば支払もある。と言うわけで・・・ 経常利益とは『毎期繰り返す事業活動の結果の利益』という意味だ。新聞などで増益、減益と言うばあいはこの経常利益を指す。そのくらいP/Lで一番注目される存在だ。長い間、日本企業は経常利益主義と呼ぶくらいにこの利益項目にこだわってきた。
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特別損益とは
何となく分かってもらえただろうか。難しい言い回しだから少し腑に落ちないかもしれない。しかしその下を見ると、改めて理解できるだろう。営業利益で本業と非本業を区分したように・・・毎期繰り返すと言ったのは、裏返すと企業活動の中には繰り返さないものもあるからだ。「非経常」とは表現しないけれど、臨時的・例外的な取引があるのだ。資産売買による益がでた損がでた、災害による損失、リストラ費用などその他臨時的なもの(ちなみに不動産会社の土地のように販売用資産の売買損益は本業に入れる)。これらは毎年決まって発生するわけではない。大企業は資産が多いから毎年いろいろと発生するが、本業ではないし例外的なものだ。
一般に特別利益よりも損失計上の方が多い。その特別損失のことを特損と呼ぶ。2000年前後の負の清算を迫られていた頃は、不良債権や不良資産の処分で数百~数千億円規模の特損計上を余儀なくされた大企業が続出した。
こうした臨時的なものを経常利益の前に含めてしまっては、損益の質が読み取れなくなるし、前年度との比較もしにくい。だから特別損益の部として外され、経常利益を境にして、毎期繰り返すものと繰り返さないものに分けたというわけだ。
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当期利益(=当期純利益、税引き後利益、最終利益)とは
続いて、税引前利益=経常利益+特別利益-特別損失 となる。なお、連結決算のP/Lでは「税金等調整前当期利益」と呼ばれる。当期利益=税引前利益-法人税、住民税及び事業税+法人税等調整額 となる。法人税等調整額は税効果会計のルールで生じる調整項目である。
商法では当期利益、金融商品取引法では当期純利益と呼ぶ。いっそ同じくすればと思うが、それでいて、たんに純利益とか税引後利益とも俗称されている。マスコミ記事では最終利益(最終損益)と表現されることもある。会計用語ではない通俗的な表現であり分かりやすいからだろう。 とにかく、いろいろな利益の中の最後の利益項目である。これぞ期間の最終利益なのだ。「最後の手取り」、「結局いくら儲かったんだ」という意味だ。
日本は経常利益を重んじる習慣があると述べたが、アメリカ企業ではこの当期利益を重視する。それは、この値が株主資本を増やす源泉になるからだ(ステークホルダー参照)。今日有名なROE(自己資本利益率)の計算には当期利益を使う。 ところがそう簡単でない場合がある。特別損益の額が大きいと当期利益が影響を受ける。一時的な特別利益や損失の額を排除して評価したいときは、経常利益×60%を「修正当期利益」とする方法もある。税金が40%位という仮定だ。
2010年1月12日火曜日
性別の変更って出来るのですね
http://sankei.jp.msn.com/region/kinki/hyogo/100110/hyg1001102141002-n1.htm
嫡出子との届け出認めず 性同一性障害の夫に市役所 兵庫・宍粟2010.1.10 18:53
性同一性障害で、戸籍の性別を女性から変えた兵庫県宍粟市の自営業男性(27)が、弟の精子の提供を受け非配偶者間人工授精(AID)で妻(28)との間に生まれた子供の出生届を市役所に提出したところ「非嫡出子」として届け出るよう指示されたことが10日、男性への取材で分かった。
男性は平成20年3月に戸籍の性別を変更し、翌月結婚。実弟から精子の提供を受け、妻は昨年11月4日に男児を出産した。同月5日に市役所に出生届を出したが、市の担当者が性別変更を知っていたため嫡出子としての受理を拒否。翌日、非嫡出子としての届け出を指示され、養子縁組するよう勧められた。
男性は嫡出子とする出生届を市に郵送。不受理となれば神戸家裁龍野支部に不服申し立てする方針。
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性別の変更ができるとは。。。
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E5%90%8C%E4%B8%80%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E3%81%AE%E6%80%A7%E5%88%A5%E3%81%AE%E5%8F%96%E6%89%B1%E3%81%84%E3%81%AE%E7%89%B9%E4%BE%8B%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B
本法でいう性同一性障害者とは、専門的な知識を有する医師2名以上によって「性同一性障害」の診断を受けている者であり、日本精神神経学会の「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」における定義と概ね一致する。上記定義による性同一性障害者が次の5つの要件を満たすとき、家庭裁判所の審判により性別変更が認められる。
1)20歳以上であること
2)現に婚姻をしていないこと
3)現に未成年の子がいないこと
4)生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
4、5の要件は、性別適合手術を受けていることに概ね対応する。
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しかし性同一性障害者の権利てこんなにも拡大しているのですね。テレビなんかでもよく見ます。私自身は特に同情等はしませんが、他者に迷惑をかけないのならばお好きにどうぞとの感覚です。が、冒頭の子どもの非嫡出子のことにはちょっと違和感を感じます。
弟の精子をもらって、子どもを産んで、自分の子どもにしてしまおうってちょっと強引な気がしますが。。
嫡出子との届け出認めず 性同一性障害の夫に市役所 兵庫・宍粟2010.1.10 18:53
性同一性障害で、戸籍の性別を女性から変えた兵庫県宍粟市の自営業男性(27)が、弟の精子の提供を受け非配偶者間人工授精(AID)で妻(28)との間に生まれた子供の出生届を市役所に提出したところ「非嫡出子」として届け出るよう指示されたことが10日、男性への取材で分かった。
男性は平成20年3月に戸籍の性別を変更し、翌月結婚。実弟から精子の提供を受け、妻は昨年11月4日に男児を出産した。同月5日に市役所に出生届を出したが、市の担当者が性別変更を知っていたため嫡出子としての受理を拒否。翌日、非嫡出子としての届け出を指示され、養子縁組するよう勧められた。
男性は嫡出子とする出生届を市に郵送。不受理となれば神戸家裁龍野支部に不服申し立てする方針。
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性別の変更ができるとは。。。
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E5%90%8C%E4%B8%80%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E3%81%AE%E6%80%A7%E5%88%A5%E3%81%AE%E5%8F%96%E6%89%B1%E3%81%84%E3%81%AE%E7%89%B9%E4%BE%8B%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B
本法でいう性同一性障害者とは、専門的な知識を有する医師2名以上によって「性同一性障害」の診断を受けている者であり、日本精神神経学会の「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」における定義と概ね一致する。上記定義による性同一性障害者が次の5つの要件を満たすとき、家庭裁判所の審判により性別変更が認められる。
1)20歳以上であること
2)現に婚姻をしていないこと
3)現に未成年の子がいないこと
4)生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
4、5の要件は、性別適合手術を受けていることに概ね対応する。
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しかし性同一性障害者の権利てこんなにも拡大しているのですね。テレビなんかでもよく見ます。私自身は特に同情等はしませんが、他者に迷惑をかけないのならばお好きにどうぞとの感覚です。が、冒頭の子どもの非嫡出子のことにはちょっと違和感を感じます。
弟の精子をもらって、子どもを産んで、自分の子どもにしてしまおうってちょっと強引な気がしますが。。
都の西北総長の話
2009年1月11日 日経 早稲田大学総長 白井克彦氏「教育」要約
(前略)
大学教育の大衆化は著しい。日本の大学進学率は平成初期の約40%から今や55%を超え、高卒者の就職率が低下すれば、さらに上昇する可能性もはらんでいる。
日本における大学進学率の急激な上昇はベビーブーム世代が進学期を迎えた昭和40年代と、第2次ベビーブーム世代が進学期を迎えた平成初期の2回であった。国は人口ピーク時に大学の定員を政策的に増やしたが、人口減少期に入って定員を減らさなかったこともあり、進学率が上昇したのである。
この進学率の上昇は、今や学部大学生の77%を担う私立大学の拡充によってなされたのである。ところが、私立大学の収入の76.5%は学生生徒等納付金であって、国からの補助金は11%にすぎない。高等教育に対する公的支出は年々減り続けている。2008年度には国立大学86校に約1兆2000億円、私立大学873校に約3200億円が支出されている。
この金額は国内総生産(GDP)比0.5%であるが、これをせめて経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の1%にしないと、知的生産力のグローバル競争で日本が優位に立つことはできない。国立大学を含め平均してみても、高等教育の私費負担は66%に達しており、OECD平均27%の実に2.5倍に及ぶのである。
(中略)
大学の大衆化に伴って、教育レベルの低下が著しいという指摘がある。これについて、「そもそも50%を超える進学率は高すぎるし、大学が多すぎる定員割れしている大学は淘汰されるべきだ」という主張を耳にする。ところが実は、日本の大学進学率は先進諸国と比べて特に高いわけではない。今、各国は、競争力の根幹として高度な”人財”の育成、確保に懸命である。
大学が多すぎるのではないかという疑問が生ずるのは、大衆化した大学と社会との基本的関係が問われていることを意味する。
これまでの考え方は、18歳で大学に入り、4年あるいは6年程度で社会に出るために訓練をするという伝統的な大学像に基づくものであった。その流れは極めて単純で、教育時と労働時は完全に分断されている。
だが、日本が直面している少子高齢化や地方の疲弊などの深刻な問題に対処するには、現在の社会構造の何らかの大きな変革が必要であって、全体構造を固定したままで部分的に税金を投入しても、あまり効果は上がらないことが明白になってきている。
そこで、ここでは次のことを提案したい。午前中は大学で勉強し、午後は働く、またその逆でもよい。地域の産業、農業、福祉、保育、初等教育などの仕事と、教室における学習を幅広く組み合わせることで、地域社会に大きな構造変化をもたらすことができるだろう。その際、大学教員として、ベテランの社会人とともに、若手や女性を積極的に登用すれば、学生たちのリーダーとなって地域のあらゆるセクターに参加して、地域変革の大きな力を生むことも可能になる。議会にベテラン議員と学生議員がいることも考えられる。もちろん、学生は18歳で大学に入学しなくてもよい。必要な時に、都合の良い時に大学で学べばよいのである。
今や、大学は新社会人の半数以上を、“人材”として教育し供給している。多くの大学が社会と一体の関係を持ち、様々な社会機能のレベルを直接的に発展させる役割を果たしつつ“人材”育成を行うことが、日本社会の今後の大きな力となるだろう。
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正直駄文ですな。
なぜ定員割れしている大学を温存する必要があるのか。
OECDの中でもGDP比で助成が少ないから、もっと増やしてね?
日本ってGDP2位のときの統計かな?額だと相当上位なのでは?
で、必要な時に入学できる大学への構造転換?
早稲田はそんなことやってますか?
社会人用のMBAとか会社支援があるようなスタッフ部門の人間じゃないとサラリーマンが払うのは厳しい金額だよ。
って批判はさて置き、大学の大衆化は私自身は素晴らしいことだと思う。学ぶことは楽しい。
ただし、学問をする場所であるので最低限の教養や知識は必要だろう。
私自身18歳でその教養があったわけでもなく、ただただ遊びに夢中のモラトリアム学生であった。
友人や先輩と議論し刺激を受けたり、いわゆる学生のときしかできないことにも熱中した素晴らしき時間であった。
が学問をしたという実感は全くない。
学問をしたいと思うようになったのは社会人になってしばらくしてからである。
学問は娯楽の一種ではないかとも認識しているが、人生を豊かにするものだと私は思う。
(だから、昨今の就職や資格重視の大学には違和感を感じるが。競争を生き抜くためにはやむを得ないのだろうが)
なので、高校を出て社会に出てから大学に戻るような路線もあったらよいとは思う。
それが実学重視のMBAとかだけじゃなく教養教育であってもいい。
だが、現在の社会環境はそれを許す状況ではない。
なので白井学長が言うように社会構造の変化は必要だ。
だが、どうやって変革するのか?
私は社会人教育を大学卒業条件に内包させることが一つの方向性ではないか。
つまり、今日日本では企業等に所属してからの教育が重視されていることが、労働力の固定化や非流動性を生み、いわゆるつぶしがきかない人間を作ってしまっている一因だ。
また、逆に大学での教育を信用していないから企業は一から人材育成を行う。
なんて浅いね。全くまとまってない。
結局個人がどうやって自ら生きるかってことは変わらないが。
また考えよ
(前略)
大学教育の大衆化は著しい。日本の大学進学率は平成初期の約40%から今や55%を超え、高卒者の就職率が低下すれば、さらに上昇する可能性もはらんでいる。
日本における大学進学率の急激な上昇はベビーブーム世代が進学期を迎えた昭和40年代と、第2次ベビーブーム世代が進学期を迎えた平成初期の2回であった。国は人口ピーク時に大学の定員を政策的に増やしたが、人口減少期に入って定員を減らさなかったこともあり、進学率が上昇したのである。
この進学率の上昇は、今や学部大学生の77%を担う私立大学の拡充によってなされたのである。ところが、私立大学の収入の76.5%は学生生徒等納付金であって、国からの補助金は11%にすぎない。高等教育に対する公的支出は年々減り続けている。2008年度には国立大学86校に約1兆2000億円、私立大学873校に約3200億円が支出されている。
この金額は国内総生産(GDP)比0.5%であるが、これをせめて経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の1%にしないと、知的生産力のグローバル競争で日本が優位に立つことはできない。国立大学を含め平均してみても、高等教育の私費負担は66%に達しており、OECD平均27%の実に2.5倍に及ぶのである。
(中略)
大学の大衆化に伴って、教育レベルの低下が著しいという指摘がある。これについて、「そもそも50%を超える進学率は高すぎるし、大学が多すぎる定員割れしている大学は淘汰されるべきだ」という主張を耳にする。ところが実は、日本の大学進学率は先進諸国と比べて特に高いわけではない。今、各国は、競争力の根幹として高度な”人財”の育成、確保に懸命である。
大学が多すぎるのではないかという疑問が生ずるのは、大衆化した大学と社会との基本的関係が問われていることを意味する。
これまでの考え方は、18歳で大学に入り、4年あるいは6年程度で社会に出るために訓練をするという伝統的な大学像に基づくものであった。その流れは極めて単純で、教育時と労働時は完全に分断されている。
だが、日本が直面している少子高齢化や地方の疲弊などの深刻な問題に対処するには、現在の社会構造の何らかの大きな変革が必要であって、全体構造を固定したままで部分的に税金を投入しても、あまり効果は上がらないことが明白になってきている。
そこで、ここでは次のことを提案したい。午前中は大学で勉強し、午後は働く、またその逆でもよい。地域の産業、農業、福祉、保育、初等教育などの仕事と、教室における学習を幅広く組み合わせることで、地域社会に大きな構造変化をもたらすことができるだろう。その際、大学教員として、ベテランの社会人とともに、若手や女性を積極的に登用すれば、学生たちのリーダーとなって地域のあらゆるセクターに参加して、地域変革の大きな力を生むことも可能になる。議会にベテラン議員と学生議員がいることも考えられる。もちろん、学生は18歳で大学に入学しなくてもよい。必要な時に、都合の良い時に大学で学べばよいのである。
今や、大学は新社会人の半数以上を、“人材”として教育し供給している。多くの大学が社会と一体の関係を持ち、様々な社会機能のレベルを直接的に発展させる役割を果たしつつ“人材”育成を行うことが、日本社会の今後の大きな力となるだろう。
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正直駄文ですな。
なぜ定員割れしている大学を温存する必要があるのか。
OECDの中でもGDP比で助成が少ないから、もっと増やしてね?
日本ってGDP2位のときの統計かな?額だと相当上位なのでは?
で、必要な時に入学できる大学への構造転換?
早稲田はそんなことやってますか?
社会人用のMBAとか会社支援があるようなスタッフ部門の人間じゃないとサラリーマンが払うのは厳しい金額だよ。
って批判はさて置き、大学の大衆化は私自身は素晴らしいことだと思う。学ぶことは楽しい。
ただし、学問をする場所であるので最低限の教養や知識は必要だろう。
私自身18歳でその教養があったわけでもなく、ただただ遊びに夢中のモラトリアム学生であった。
友人や先輩と議論し刺激を受けたり、いわゆる学生のときしかできないことにも熱中した素晴らしき時間であった。
が学問をしたという実感は全くない。
学問をしたいと思うようになったのは社会人になってしばらくしてからである。
学問は娯楽の一種ではないかとも認識しているが、人生を豊かにするものだと私は思う。
(だから、昨今の就職や資格重視の大学には違和感を感じるが。競争を生き抜くためにはやむを得ないのだろうが)
なので、高校を出て社会に出てから大学に戻るような路線もあったらよいとは思う。
それが実学重視のMBAとかだけじゃなく教養教育であってもいい。
だが、現在の社会環境はそれを許す状況ではない。
なので白井学長が言うように社会構造の変化は必要だ。
だが、どうやって変革するのか?
私は社会人教育を大学卒業条件に内包させることが一つの方向性ではないか。
つまり、今日日本では企業等に所属してからの教育が重視されていることが、労働力の固定化や非流動性を生み、いわゆるつぶしがきかない人間を作ってしまっている一因だ。
また、逆に大学での教育を信用していないから企業は一から人材育成を行う。
なんて浅いね。全くまとまってない。
結局個人がどうやって自ら生きるかってことは変わらないが。
また考えよ
2010年1月6日水曜日
NTTデータのシェアードサービス
NTTデータが中国で合弁会社設立、中国金融機関へ事業展開する足掛かりに
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20100104/342860/
NTTデータは2010年1月4日、中国の金融機関向けに強みを持つ北京宇信易誠科技有限公司(ユーチェンテクノロジーズ)と合弁会社を設立すると発表した。2010年2月上旬をメドに、中国・天津市に設立する予定。NTTデータが中国金融市場へ本格的に事業を展開するための第一歩とする。 新たに設立する合弁会社の名称は「宇誠聨融データ有限公司」。同社は、ユーチェンテクノロジーズからインターネットバンキング事業を譲り受け、中国国内の金融機関向けにインターネットバンキング・システムの運用・保守受託サービスやシステムインテグレーション・サービスなどを提供する。最終的には、中国国内の金融機関向けに勘定系システムの運用・保守受託サービスを提供したい考えだ。
従業員は設立当初、約100人を想定しており、役員のみNTTデータが派遣する。一般従業員は、ユーチェンテクノロジーズからの転籍で確保する。合弁会社への出資比率は、NTTデータが51%、ユーチェンテクノロジーズが49%である。
NTTデータ、間接業務を中国に移管 給与管理コスト半減
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20100106AT1D0509I05012010.html
NTTデータは2月から人事管理や経理などの間接業務で、データ入力などの作業を中国・無錫のグループ会社へ移管する。人件費やオフィス費用が安い中国に業務を移し販売管理費を抑制、利益率の向上を目指す。給与管理業務のコストは国内で処理するよりも最大5割削減できるという。米IBMやアクセンチュアなど海外勢に続き今後、国内システム会社でも間接業務の海外移管が進む可能性がある。
NTTデータは本体を含むグループ会社の間接業務を、「シェアードサービス」と呼ぶ手法を活用し、一括請負する国内子会社に集約している。一段のコスト削減に向け2月に、システム開発を委託している中国のグループ会社「無錫華夏計算機技術公司」(無錫市)に、グループの間接業務を請け負うセンターを設立する。
---------------------------------------------
IBMの大連(日本IBMのシェアードサービス委託先)から問い合わせを受けたことがある。全く要領を得ずすごくイライラした記憶がある。これが顧客向けだったら相当の怒りを受けるだろうと思ったが、内向けなら致し方ないとも思った。間接業務は現場の人間からすればコストを安くすればよいと考えているから、多少の不便は止むを得ない。だが、NTTグループのお堅い半分日の丸会社のデータがここまでやるとは思わなかった。そう2つのニュースに共通していること。仕事を「人件費の安い中国に移管する」ということ。とうとう日本もここまで来てしまった。ベストセラー「フラット化する世界」(トーマス・フリードマン著)がとうとう日本でも現実のものになる可能性がある。クレジットカード支払い催促をしている電話の向こう側は実はインドで、その地域の訛まで勉強しているとか・・・これまで言語的問題で日本では普及が先の話だろうとされていたが・・・今はコールセンターを地方都市に移して主婦層のアルバイトになってるみたいだけど、NTTの電話代金の請求もそのうち中国からの電話になっているかも。グローバル化の進展を実感する。企業はその利潤を果てなく追求するから、(CSRったって結局のところ広報の一環)、このグローバルの流れが止まることはないだろう。昨今グローバル化は間違いだとの意見はあるが・・・すると日本のワーカーは何をするか。他でできないことをしなければ・・・
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20100104/342860/
NTTデータは2010年1月4日、中国の金融機関向けに強みを持つ北京宇信易誠科技有限公司(ユーチェンテクノロジーズ)と合弁会社を設立すると発表した。2010年2月上旬をメドに、中国・天津市に設立する予定。NTTデータが中国金融市場へ本格的に事業を展開するための第一歩とする。 新たに設立する合弁会社の名称は「宇誠聨融データ有限公司」。同社は、ユーチェンテクノロジーズからインターネットバンキング事業を譲り受け、中国国内の金融機関向けにインターネットバンキング・システムの運用・保守受託サービスやシステムインテグレーション・サービスなどを提供する。最終的には、中国国内の金融機関向けに勘定系システムの運用・保守受託サービスを提供したい考えだ。
従業員は設立当初、約100人を想定しており、役員のみNTTデータが派遣する。一般従業員は、ユーチェンテクノロジーズからの転籍で確保する。合弁会社への出資比率は、NTTデータが51%、ユーチェンテクノロジーズが49%である。
NTTデータ、間接業務を中国に移管 給与管理コスト半減
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20100106AT1D0509I05012010.html
NTTデータは2月から人事管理や経理などの間接業務で、データ入力などの作業を中国・無錫のグループ会社へ移管する。人件費やオフィス費用が安い中国に業務を移し販売管理費を抑制、利益率の向上を目指す。給与管理業務のコストは国内で処理するよりも最大5割削減できるという。米IBMやアクセンチュアなど海外勢に続き今後、国内システム会社でも間接業務の海外移管が進む可能性がある。
NTTデータは本体を含むグループ会社の間接業務を、「シェアードサービス」と呼ぶ手法を活用し、一括請負する国内子会社に集約している。一段のコスト削減に向け2月に、システム開発を委託している中国のグループ会社「無錫華夏計算機技術公司」(無錫市)に、グループの間接業務を請け負うセンターを設立する。
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IBMの大連(日本IBMのシェアードサービス委託先)から問い合わせを受けたことがある。全く要領を得ずすごくイライラした記憶がある。これが顧客向けだったら相当の怒りを受けるだろうと思ったが、内向けなら致し方ないとも思った。間接業務は現場の人間からすればコストを安くすればよいと考えているから、多少の不便は止むを得ない。だが、NTTグループのお堅い半分日の丸会社のデータがここまでやるとは思わなかった。そう2つのニュースに共通していること。仕事を「人件費の安い中国に移管する」ということ。とうとう日本もここまで来てしまった。ベストセラー「フラット化する世界」(トーマス・フリードマン著)がとうとう日本でも現実のものになる可能性がある。クレジットカード支払い催促をしている電話の向こう側は実はインドで、その地域の訛まで勉強しているとか・・・これまで言語的問題で日本では普及が先の話だろうとされていたが・・・今はコールセンターを地方都市に移して主婦層のアルバイトになってるみたいだけど、NTTの電話代金の請求もそのうち中国からの電話になっているかも。グローバル化の進展を実感する。企業はその利潤を果てなく追求するから、(CSRったって結局のところ広報の一環)、このグローバルの流れが止まることはないだろう。昨今グローバル化は間違いだとの意見はあるが・・・すると日本のワーカーは何をするか。他でできないことをしなければ・・・
地銀勘定系共同センター化すすむ
地銀最大手の横浜銀行は2010年1月4日、勘定系システムなどを刷新し、共同利用型の新システム「MEJAR」を全面稼働させた。MEJARは、横浜銀行と北陸銀行、北海道銀行の3行で共同開発したシステムで、横浜銀行が第一号ユーザーである。
MEJARのシステム開発についてはNTTデータに委託した。同社製の勘定系アプリケーション「BeSTA」を富士通製メインフレームで動作させている。開発工数は3行合計で約2万人月に達したとみられる。工数としては、地銀の共同システムの中で最大級の規模である。
横浜銀行はシステム共同化により、コスト削減とサービス向上などを目指す。
MEJARのシステム開発についてはNTTデータに委託した。同社製の勘定系アプリケーション「BeSTA」を富士通製メインフレームで動作させている。開発工数は3行合計で約2万人月に達したとみられる。工数としては、地銀の共同システムの中で最大級の規模である。
横浜銀行はシステム共同化により、コスト削減とサービス向上などを目指す。
日立製作所は2010年1月4日、栃木銀行が勘定系システムの共同利用サービス「NEXTBASE」を同日から利用開始したと発表した。NEXTBASEの利用は、徳島銀行、香川銀行、北日本銀行、トマト銀行、高知銀行に続き栃木銀行で6行目となる。
NEXTBASEの利用により、栃木銀行は新商品や新サービスの迅速な提供、ITコストの削減、災害対策の強化を目指す。
NEXTBASEは中核にNTTデータの勘定系パッケージ「BeSTA」を採用、同ソフトを日立製メインフレームで動作させている。第二地銀向けの共同センターとしては最大陣営であり、稼働予定の中京銀行を含めると採用行は7行になる。
NEXTBASEの利用により、栃木銀行は新商品や新サービスの迅速な提供、ITコストの削減、災害対策の強化を目指す。
NEXTBASEは中核にNTTデータの勘定系パッケージ「BeSTA」を採用、同ソフトを日立製メインフレームで動作させている。第二地銀向けの共同センターとしては最大陣営であり、稼働予定の中京銀行を含めると採用行は7行になる。
日本ユニシスは2010年1月4日、福岡県の筑邦銀行が、Windowsで動作するユニシス製の勘定系システム「BankVision」の利用を始めたと発表した。BankVisionの利用開始は、2007年5月の百五銀行、2009年1月の十八銀行に続いて3行目となる。
筑邦銀行は十八銀行、佐賀銀行と3行で、BankVisionベースの勘定系システムを共同利用する。3行のうち残る佐賀銀行は、この5月の利用開始を予定している。
筑邦銀行は十八銀行、佐賀銀行と3行で、BankVisionベースの勘定系システムを共同利用する。3行のうち残る佐賀銀行は、この5月の利用開始を予定している。
陣営によってシステム共同化の目的は異なるが、その一つに維持コストの削減があるのは間違いない。そのコストに直結する要素は三つある。「広さ」と「深さ」、それに共同化に参加する地銀の「数」だ。
「広さ」は共同化の対象範囲を指す。勘定系だけを共同化するのか、情報系や対外系まで含めるか。ATMや営業店システムはどうかなどだ。 「深さ」は、データセンターとハードウエア、ソフトウエアのどこまでを共用しているかを意味する。一つのデータセンターに参加行のハードを並べているならデータセンターの共同化。同一のハードを論理分割して各行のアプリケーションを搭載する形態は、データセンターとハードの共同化だ。いずれもアプリケーションは同一仕様のものを各行が別々に動かす。
実際に動かすアプリケーションまで共用すると、ソフトの共同化となる。もちろん各トランザクションは銀行ごとに振り分ける。「マルチバンク方式」と呼ばれる機能で、銀行固有の「銀行コード」を用いて実現する。ソフトまで共同化すると、OSやミドルウエアの購入・維持費用も減らせる。
横浜銀は深さと広さの両方を追求
地銀の共同化は、陣営によって広さと深さ、数に違いがある(図2)。深さと数で先行するのが「地銀共同センター」。中核に採用するNTTデータの勘定系パッケージ「BeSTA」はマルチバンク方式に対応している。第1号ユーザーである京都銀の勘定系の維持コストは、年間40億円から半減した。情報系などを含めた同行のIT投資総額は70億円強だったので、全体から見ると3割減った計算だ。2番目に利用を始めた千葉興業銀行の栗原隆浩経営企画部IT企画室長も「勘定系の維持コストは、ほぼ半減した」と証言する。
地銀の共同化は、陣営によって広さと深さ、数に違いがある(図2)。深さと数で先行するのが「地銀共同センター」。中核に採用するNTTデータの勘定系パッケージ「BeSTA」はマルチバンク方式に対応している。第1号ユーザーである京都銀の勘定系の維持コストは、年間40億円から半減した。情報系などを含めた同行のIT投資総額は70億円強だったので、全体から見ると3割減った計算だ。2番目に利用を始めた千葉興業銀行の栗原隆浩経営企画部IT企画室長も「勘定系の維持コストは、ほぼ半減した」と証言する。

図2●主なシステム共同化陣営における「広さ」と「深さ」
広さが際立つのは、福岡銀行と広島銀行などによる「共同利用型基幹システム」や三菱東京UFJ銀行が主導する「Chance」。昨年1月にChanceの第1号ユーザーとなった常陽銀行は「共同化によるIT投資全体のコスト削減効果は3割程度」(鶴田明システム部長)という。福岡銀もほぼ同程度だ。
残る要素の「数」は、論理的には多いほどコスト削減効果が大きいはず。ただ、地銀の例では数と効果の関係は見えない。実はシステム共同化は、ITベンダーが主導するタイプと銀行が主導するタイプの二つに分かれる。前者の場合、利用料はITベンダーがあらかじめ採算ラインを計算して決め、参加行数に連動しての増減はない。一方で銀行主導タイプでは、現時点で参加行数に大きな差がない。これが数と効果の関係が見えない理由である。
数年前から稼働している共同化陣営は、広さか深さのどちらかを優先していた。共同化の難易度が、広さや深さに比例するためだ。これに対して地銀最大手の横浜銀行が北陸銀行、北海道銀行と進める「MEJAR」は、「広さと深さの両方を追求する」(米田誠一取締役執行役員MEJARオフィサー)。2010年1月に稼働を予定するMEJARは後発組なので、共同化による効果の最大化を狙うわけだ。
具体的には、広さとして、勘定系や情報系、対外系に加えて、融資支援、口座振替などの周辺システム、ATMや営業店端末に搭載するソフトの共同開発まで踏み込む(図3)。ATMや営業店端末といったハードの共同調達にも踏み切る。深さの面では、地銀共同センターで実績のあるBeSTAを勘定系に採用。ソフトまで共同化する。開発工数は「3行の合計で2万人月」(米田取締役)。地銀のシステム共同化では過去最大級である。

図3●横浜銀など3行のシステム共同化「MEJAR」の論理構成
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進む地銀の共同センター化。ネットワークの信頼性と高速化が実現した今当然の流れか。金融機関は装置産業であり、記録を正確に保存すること、伝えること、同質のサービスをどこでも提供することが求められる。そこにITは欠かせない。だが、システムを共同化させたら、他の金融機関との同質化も進む。だから地域が重ならない、顧客が重ならない地銀での連携が進む。だが結局のところ、システム以外の人的な部分で地域性を出し特色を出していくとの思惑かもしれないが、そもそも金融機関に地域性は必要なのだろうか。確かにメガバンクでは、地域の一番企業でも、東京の大企業に比べたらその企業に対する熱意は下がるかもしれないが、実際の支店レベルでは大切な顧客であることは変わらない。小売、専門店は大手に収れんされつつある。そう地方においても、首都圏においても生活様式は日本ではそれほど変わらないのだと思う。さて、これからも地銀は生き残るのだろうか。
2010年1月5日火曜日
「大学の話をしましょうか」Point
「大学の話をしましょうか」
中公新書クラレ
作者:森 博嗣(ひろし)
・元名古屋大学工学部助教授(建築学専攻)
・ミステリーなどの小説家(スカイクロレラ等)
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P20勉強自体が楽しいもの
優勝したら、プロにスカウトされて贅沢な生活ができる、という社会では、皆が必死に練習しました。でも練習しなくても、別にそこそこ豊かな生活ができる世の中になれば、そんなに必死になって練習をする人はいません。でもだからと言ってスポーツは無意味だということではないのです。スポーツはそもそも優勝するためにしているものではなく、やっているとき、その時が楽しければ、それで十分なのではありませんか。勉強も同じです。勉強してエリートになって、高賃金を稼ぐ、という目標よりも、これからは、勉強自体が楽しいことだ、というふうに教えないといけないと思います。
P25ゆとり教育の良い点を見る
学力が低下している代わりに、それこそ「心のゆとり」が増加しているならば、それはひとつの成果ではないでしょうか。点数は取れないけど、人間性が豊かになっている、と考えてはどうなのでしょうか。マスコミが危機感を煽り過ぎです
P28必要とされる能力は自分で考える力
数字と数字と掛け合わせる能力などは昔より必要がなくなっているはずだ。昔は計算が速い、正確であることは学力のひとつでだった。また文字が正確に書ける能力も、昔ほど必要がなくなってきている。今はまだ、語学がわりと学力の重要な位置にあるが、翻訳機が普及すればその能力もやがては重要ではなくなってくるだろうもちろんだからといってこれらの能力が無意味というわけではない。例えば速く走る能力や、長距離を走れる能力は、昔はそれだけで重宝がられ、ある分野の職業には絶対的に有利な条件でした。郵便配達も宅配便も、仕事にバイクや自動車を使い不要になった。よって、足の速さよりも運転免許の方が重宝がられる。いろいろな分野にコンピュータが導入され、人間が行う作業はとても楽になったので、人間に求められる能力は、キチンと気配りができる、次にどんなトラブルが起きるか予想できる、というような機械では思いつけないような、発想、着眼、想像ではないか。
P58 少子化問題は問題ではない?
学力が低下している、あるいは学生にやる気がない、常識に欠けている、マナーがなってない、といったことに対して、「こんなことでは先行きが危ぶまれる」と考えることを僕はしない。例えば、少子化の問題が良く取り上げられています。子どもが少なくなっている。日本の人口はどんどん減りつつある。このままでは日本の将来が危ぶまれる、と眉間にしわを寄せていう人たちがいます。しかし、本当にそうでしょうか?人口が減ってはいけないのでしょうか?地球上の人間は増えすぎました。人口を増やすことが「発展」でないことは明らかです。環境を維持するためにも、将来は人間の数は絶対に減らさなければならないのです。日本の人口が減っても、それで日本が滅びるわけではありません。
P70 人間だけが学ぶ
どんな動物だって、遊ぶし、働くし、寝るし、食べる。しかし人間だけが学ぶのである。人間としての楽しみが、学ぶことにはきっとある。それに気づいていくことは、とても尊いと思う。
P110 大学が縮小するという選択肢
(大学が)どうして生き残りをかけるのでしょうか。じり貧になればよいのです。そもそも研究・教育というのは、採算がとれる事業ではないのです。ただ、将来の社会のために、非常に重要なものです。お金をかける価値はあるでしょう。だから、独立採算で、自分で金を稼げる組織になろう、という姿勢は根本的に間違っていると思います。稼げなくても、理念を貫き、やるべきことを地道にやってほしい。それでもし成り立っていかなくなったら、それはもう消えるしかありません。社会に理解されないときは、消えるのがよいでしょう。でも、きっとそうはさせないという良識が社会にあるはずです。採算が取れなくて立ち行かなくなって潰れましたとなれば、その地域や国が歴史のどこかで責められることになるでしょう。中国の文化大革命のように。町に大学がある、国に大学があるということがその地域その国の豊かさであり、良識であるからです。
P170大学は学問の楽しみを知る場所
大学は基本的に研究を行うところです。そこに、学びに来る学生たちいる。研究する人の身近で、学問とは何なのか、学ぶということはどんな楽しみがあるのか、を知る場所なのです。高校生までの子たちは、学問が楽しいとは絶対に考えてはいません。また、大学を就職するための通過ポイントだと考えている人にも、学問の楽しさは発見できないでしょう。別に全員が発見しなくてもよいと思います。ただそういう機会があったというだけでも、将来の布石となるはずです。
学問をするのは、何のためでもありません。個人個人が楽しむ、ということなのです。極端な話つまりは趣味、レクリエーションだと認識してもよいでしょう。それで直接お金が稼げる、商売ができるというものでもないし、知らなくてもよいことだし、生きていく上でどうしても必要だというものでもないのです。ただ学ぶことは楽しい、それを知ることができるというだけなのです。でも、それこそが、豊かであることだと僕は思います。
たとえば、学問の楽しさをより多くの人が知れば、それは必ず平和につながるでしょう。物理学や数学に打ち込んでいれば、国境や人種、宗教などの争いが、いかに馬鹿げているか、自分たちはそんなことに関わりたくない、と考えるようになるでしょう。
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作家の副業?だからか、少し斜に構えての発言かなーとは思うが、非常に参考になる意見でもあった。昨今の大学は少子化等による競争激化から「就職に有利」とか「資格が取れる」とかそんなんばかりだ。もちろん多様な学校があり、多様な学びがあるのは否定しない。また大学進学率が50%を超え、ユニバーサルアクセスの時代になったことも歓迎すべきことだ。しかし、高校までの知識押しつけ型、詰め込み型教育ではなく、学問を楽しむのが大学の本質だと思う。そこを忘れてしまっている気がしていた。という私も学生時代は学問した記憶はなく、後に学問の楽しさに気づいた一派だが。
中公新書クラレ
作者:森 博嗣(ひろし)
・元名古屋大学工学部助教授(建築学専攻)
・ミステリーなどの小説家(スカイクロレラ等)
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P20勉強自体が楽しいもの
優勝したら、プロにスカウトされて贅沢な生活ができる、という社会では、皆が必死に練習しました。でも練習しなくても、別にそこそこ豊かな生活ができる世の中になれば、そんなに必死になって練習をする人はいません。でもだからと言ってスポーツは無意味だということではないのです。スポーツはそもそも優勝するためにしているものではなく、やっているとき、その時が楽しければ、それで十分なのではありませんか。勉強も同じです。勉強してエリートになって、高賃金を稼ぐ、という目標よりも、これからは、勉強自体が楽しいことだ、というふうに教えないといけないと思います。
P25ゆとり教育の良い点を見る
学力が低下している代わりに、それこそ「心のゆとり」が増加しているならば、それはひとつの成果ではないでしょうか。点数は取れないけど、人間性が豊かになっている、と考えてはどうなのでしょうか。マスコミが危機感を煽り過ぎです
P28必要とされる能力は自分で考える力
数字と数字と掛け合わせる能力などは昔より必要がなくなっているはずだ。昔は計算が速い、正確であることは学力のひとつでだった。また文字が正確に書ける能力も、昔ほど必要がなくなってきている。今はまだ、語学がわりと学力の重要な位置にあるが、翻訳機が普及すればその能力もやがては重要ではなくなってくるだろうもちろんだからといってこれらの能力が無意味というわけではない。例えば速く走る能力や、長距離を走れる能力は、昔はそれだけで重宝がられ、ある分野の職業には絶対的に有利な条件でした。郵便配達も宅配便も、仕事にバイクや自動車を使い不要になった。よって、足の速さよりも運転免許の方が重宝がられる。いろいろな分野にコンピュータが導入され、人間が行う作業はとても楽になったので、人間に求められる能力は、キチンと気配りができる、次にどんなトラブルが起きるか予想できる、というような機械では思いつけないような、発想、着眼、想像ではないか。
P58 少子化問題は問題ではない?
学力が低下している、あるいは学生にやる気がない、常識に欠けている、マナーがなってない、といったことに対して、「こんなことでは先行きが危ぶまれる」と考えることを僕はしない。例えば、少子化の問題が良く取り上げられています。子どもが少なくなっている。日本の人口はどんどん減りつつある。このままでは日本の将来が危ぶまれる、と眉間にしわを寄せていう人たちがいます。しかし、本当にそうでしょうか?人口が減ってはいけないのでしょうか?地球上の人間は増えすぎました。人口を増やすことが「発展」でないことは明らかです。環境を維持するためにも、将来は人間の数は絶対に減らさなければならないのです。日本の人口が減っても、それで日本が滅びるわけではありません。
P70 人間だけが学ぶ
どんな動物だって、遊ぶし、働くし、寝るし、食べる。しかし人間だけが学ぶのである。人間としての楽しみが、学ぶことにはきっとある。それに気づいていくことは、とても尊いと思う。
P110 大学が縮小するという選択肢
(大学が)どうして生き残りをかけるのでしょうか。じり貧になればよいのです。そもそも研究・教育というのは、採算がとれる事業ではないのです。ただ、将来の社会のために、非常に重要なものです。お金をかける価値はあるでしょう。だから、独立採算で、自分で金を稼げる組織になろう、という姿勢は根本的に間違っていると思います。稼げなくても、理念を貫き、やるべきことを地道にやってほしい。それでもし成り立っていかなくなったら、それはもう消えるしかありません。社会に理解されないときは、消えるのがよいでしょう。でも、きっとそうはさせないという良識が社会にあるはずです。採算が取れなくて立ち行かなくなって潰れましたとなれば、その地域や国が歴史のどこかで責められることになるでしょう。中国の文化大革命のように。町に大学がある、国に大学があるということがその地域その国の豊かさであり、良識であるからです。
P170大学は学問の楽しみを知る場所
大学は基本的に研究を行うところです。そこに、学びに来る学生たちいる。研究する人の身近で、学問とは何なのか、学ぶということはどんな楽しみがあるのか、を知る場所なのです。高校生までの子たちは、学問が楽しいとは絶対に考えてはいません。また、大学を就職するための通過ポイントだと考えている人にも、学問の楽しさは発見できないでしょう。別に全員が発見しなくてもよいと思います。ただそういう機会があったというだけでも、将来の布石となるはずです。
学問をするのは、何のためでもありません。個人個人が楽しむ、ということなのです。極端な話つまりは趣味、レクリエーションだと認識してもよいでしょう。それで直接お金が稼げる、商売ができるというものでもないし、知らなくてもよいことだし、生きていく上でどうしても必要だというものでもないのです。ただ学ぶことは楽しい、それを知ることができるというだけなのです。でも、それこそが、豊かであることだと僕は思います。
たとえば、学問の楽しさをより多くの人が知れば、それは必ず平和につながるでしょう。物理学や数学に打ち込んでいれば、国境や人種、宗教などの争いが、いかに馬鹿げているか、自分たちはそんなことに関わりたくない、と考えるようになるでしょう。
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作家の副業?だからか、少し斜に構えての発言かなーとは思うが、非常に参考になる意見でもあった。昨今の大学は少子化等による競争激化から「就職に有利」とか「資格が取れる」とかそんなんばかりだ。もちろん多様な学校があり、多様な学びがあるのは否定しない。また大学進学率が50%を超え、ユニバーサルアクセスの時代になったことも歓迎すべきことだ。しかし、高校までの知識押しつけ型、詰め込み型教育ではなく、学問を楽しむのが大学の本質だと思う。そこを忘れてしまっている気がしていた。という私も学生時代は学問した記憶はなく、後に学問の楽しさに気づいた一派だが。
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